低次元電子系のダイナミクス
藤澤研究室では、半導体ナノ構造を用いて、低次元電子系における電子(電荷、スピン)や準粒子(プラズモン、分数電荷)の動的挙動(ダイナミクス)に関する研究を行っています。
人為的な制御により、少数電子系の非平衡状態・非定常状態の理解を深め、低次元系特有の量子輸送現象を探求しています。特に、時間応答、周波数応答、揺らぎなどの手法によって、単一の電子や電子スピン、相互作用によって出現する準粒子(プラズモン、分数電荷など)の動的な性質を調べる研究を得意としています。
次元性の違い(古典的粒子)
量子ホール状態(トポロジカル絶縁体)のダイナミクス
半導体中に作られた二次元電子系に強磁場を印加すると量子ホール効果が現れます。これは、ホール効果のホール伝導度がe2/hで量子化される現象で、整数倍に量子化される整数量子ホール効果(1985年のノーベル物理学賞となった現象)と分数倍に量子化される分数量子ホール効果(1998年のノーベル物理学賞となった現象)とがあります。これは、磁場を印加したことにより二次元電子系がトポロジカル絶縁体となり、その結果として試料の端にエッジチャネルと呼ばれる1次元電子系ができることで理解されています。しかも、一方向にしか電流が流れないという特徴(カイラル1次元系)があることから、興味深い現象がたくさん現れます。藤澤研究室では、量子ホール系のエッジチャネルに励起される準粒子(プラズモン、分数電荷)の非平衡状態、動的挙動、非線形性に関する研究を行っています。
朝永ラッティンジャー流体:1次元電子系では、電子間の相互作用は非常に重要で、電子の集団的な励起であるプラズモン(電荷密度波)によってよく説明することができます。面白いことに、朝永ラッティンジャー流体のモデルでは、相互作用のある一次元電子は、相互作用のないプラズモンに変換されるため、プラズモンという準粒子で考えると非常にクリアに現象を説明できるようになります。藤澤研究室では、量子ホール端状態をもちいて人工的に制御できる朝永ラッティンジャー流体の形成し、そこでの非平衡状態、動的挙動、非線形性に関する研究を行っています。
プラズモン回路:量子ホール端状態のプラズモンは、エッジマグネトプラズモン(EMP)として知られており、コヒーレンス長が長く、高周波特性が良いことで知られています(上記の朝永ラッティンジャー流体を構成するプラズモンでもある)。この一方向性プラズモンを積極的に利用したプラズモン回路に関する研究を行なっており、高周波特性のよりプラズモン回路が期待できます。
分数電荷励起:分数量子ホール領域では、電子間の相互作用により、分数の電荷(e/3, e/5など)からなる準粒子が生じることが知られています。ショット雑音の測定から、通常の電子(素電荷e)と異なる分数電荷の粒子が生じている様子を観測することができます。電荷が異なるだけでなく、フェルミ統計でもボーズ統計でもないエニオン統計(粒子の交換に対して分数位相の変化が生じる)であることが予測されていますが、その統計性は明らかになっていません。藤澤研究室では、自己相関と相互相関の雑音測定方法を併用することにより、分数電荷準粒子の生成素過程について研究を行っています。
半導体ナノ構造中の単一電子ダイナミクス
Single Electron Dynamics in Semiconductor Nanostructures
半導体の微細構造作製技術により、半導体中の電子を1個1個制御できるようになってきました。たくさんの電子が共存する場合には相互作用しあう電子の様子しか調べることができませんが、ナノ構造を用いることにより1個、2個、3個、...と電子の数を正確に制御しながら、単一粒子、二体問題、多体問題の研究をすすめることができます。
藤澤研究室では、
「単一電子(または少数電子)の状態を、どれだけ正確に制御・観測できるのか?」
という問題に取り組んでいます。
半導体のナノメートル領域の構造の中で、
単一または少数電子の軌道・電子スピンの状態を、
ナノセカンドの短い時間領域で制御することにより、「単一電子ダイナミクス」を研究しています。
1:例えば、導線を流れる電子は、エネルギーや情報の媒体としてエレクトロニクスに広く用いられています。通常の電流では、電子1個1個の流れを意識することはありませんが、導線の途中に量子ドットを入れ込むことによって、量子ドットを介して1個づつ電子が流れてゆく様子を観測することができます。我々は、すでに、1個1個の電子の流れを数えることのできる究極の単一電子電流計の開発に成功いたしました。電子の粒子性に起因する雑音(ショットノイズ)や、クーロン相互作用によってもたらされる電流相関(アンチバンチング)などを詳細に観測することができ、電流電子の統計的性質をすべて得ることができます(Full
counting statistics)。このような高感度な電流測定が、省エネルギーでグリーンな技術につながるかもしれません。
2:磁石などの磁性体では、多数の電子スピンが一方向に向くことによって磁気的な性質が表れます。微小な磁石は、ハードディスクに代表されるように記憶材料(メモリー)としての機能が注目され、多くの研究がなされています。では、最も小さいたった1個の電子スピンはメモリーとして利用できるでしょうか?非磁性体の半導体量子ドットの中に入れた1個の電子スピンの寿命(緩和時間)は、10年ほど前はナノ秒程度と考えられていましたが、5年ほど前に我々が調べたところではミリ秒を超えることがわかり、最近では1秒を超える値が報告されています。このような電子スピンの性質は、高密度のメモリー素子としての可能性を示唆しています。
3:電子は、量子力学における波動関数によって正しく表すことができ、電子波の干渉効果を示すことが知られています。たった1個の電子であっても、電子波は量子力学の原理に従って運動し、干渉効果を示します。1個1個の電子波を制御しながら、多数の電子波の干渉計を実現すること。それが超並列計算を実現する量子コンピューターに求められていることなのです。我々は、電子1個(電荷量子ビット)の干渉(重ね合わせ状態)を高速電圧パルスによって制御することに成功しています。さらに、2つの電子(二量子ビット)の間で、量子的な情報操作を行うことにも成功し、最も基本的な論理演算である制御ノット演算や交換演算の実現に成功しました。「半導体を用いた量子コンピュータが決して夢ではない」と思えるようになってきました。
表面弾性波を用いた電子状態の制御
Controlling electronic states with surface acoustic wave
原子や分子の電子状態は、光学測定によって調べられています。半導体中の電子(正確には励起子)状態も光学測定によって調べることができますが、電子系からなる量子ドットの場合、光よりも音(フォノン)と強く結合します。そのため、電子とフォノンの結合を積極的に利用した物性や応用が期待できると考えています。しかし、光学遷移を用いる実験技術に比較して、フォノンを用いた実験技術は十分に確立していません。
藤澤研究室では、表面弾性波を用いて電子状態を制御する研究を進めています。表面弾性波は、結晶の表面を伝わる波(地震でも、P波(縦波)、S波(横波)のあとに表面弾性波の到来を感じることができます)で、対向櫛型電極(Inter
digital transducer)によってコヒーレントなフォノンを発生することができます。
Under constraction
量子ホール端状態のプラズモンダイナミクス
Dynamics of plasmons in quantum Hall edge states
半導体ヘテロ構造中の二次元電子系に強い磁場を印加すると、整数量子ホール効果や分数量子ホール効果などの特徴的な伝導特性を示します。これらの現象は2度のノーベル賞受賞テーマにもなり、物理的にも応用技術的にも重要なテーマです。(整数)量子ホール状態における電気伝導は、試料の端を流れるエッジチャネルによって説明することができ、磁場の向きによって右回りまたは左回りの周回軌道を描きます。このようなエッジチャネルでは、電子は1次元的なチャネルを一方向に進むという特徴的な運動をします。
藤澤研究室では、エッジチャネルの電荷輸送のダイナミクスを調べています。マイクロ波や高速電圧パルスを印加すると、電荷(電子)が集団的にエッジチャネルを伝搬する様子を観測することができます。
Under constraction